佐々木蔵之介の実家は京都のどこ? 稼業は老舗の酒蔵⁈

NHKの朝ドラ『ひよっこ』の再放送を見ていると、年齢を重ねるほどにカッコ良さが増してくると感じる佐々木蔵之介さん。

美しい顔立ちなのに話す言葉は関西弁だから、つい親しみを感じてしまいますよね。

佐々木蔵之介さんの実家は「京都の酒蔵」というのは有名な話ですが、歴史好きとお酒好きには度肝を抜かれる事実ばかりです。

しかも、めちゃ気軽に佐々木蔵之介さんの実家へも行ける情報も盛り込んでいますので、最後まで読んでくださいね。

 

佐々木蔵之介の実家は豊臣秀吉の住居近く

佐々木蔵之介さんの実家は京都市(洛中)上京区北伊勢屋町727にある佐々木酒造です。

【堀川丸太町】バス停から徒歩6分に位置する造り酒屋です。

1893(明治26)年の創業から数えると、130年越えの老舗酒蔵で現在は4代目社長(佐々木蔵之介さんの弟)が継承されています。

佐々木蔵之介さんの実家は京都市内の織物で有名な西陣地区に当たりますので、優美で職人気質の人が多い地域と言えるでしょう。

豊臣秀吉の住居として建てた【聚楽第(じゅらくだい)】がかつてあった南端に酒蔵があり、京都御所や二条城も密接する歴史的に大変重要なエリアです。

豊臣秀吉がこの土地を選んだ理由の一つに「水の良さ」ともいわれています。

秀吉は茶道が趣味で各地でお茶会を興じたとされていますが、この聚楽第の中にも千利休の茶室を設えてお茶を楽しんだという話も残っています。

佐々木蔵之介さんの実家の佐々木酒蔵は大昔に認められていた名水から、丹精込めたお酒造りを続けてこられました。

看板商品の「聚楽第」は純米大吟醸から様々なランクがあり、日本酒好きを唸らせるに違いありません。

創業した明治時代、洛中界隈で131軒あった蔵元ですが、現在残っているのは佐々木蔵之介さんの実家1軒だけになっています。

時代の流れとともに失われていく日本文化を守り抜くことの大変さ。

脈々と続く製法と心意気を継承することの難しさ。

佐々木蔵之介さんの実家は、文化と歴史の詰まった本物のお酒に出合える場所です。

もちろん、佐々木蔵之介さんは毎日日本酒を欠かしたことがないくらいのお酒好き。

実家にいる頃は、日本酒風呂にも入っていたそうですよ。

お酒が飲めない私からすれば、お風呂の匂いだけで千鳥足になりそうです。

 

佐々木蔵之介、実家の酒蔵は温故知新

佐々木蔵之介、実家の酒蔵に猫社員⁈

「130年以上の歴史」とか「あの名優、佐々木蔵之介の実家」とか言われると、さすが京都の何とも敷居の高いイメージが湧いてきますよね。

ところが全くの逆で、どんな人でもウエルカムの酒蔵のようです。

オンラインショップでの購入が便利ですが、折角なので佐々木酒造の現地見学はいかがでしょうか。

佐々木蔵之介さんご本人に会うチャンスはほぼ0かも知れませんが、サービス精神旺盛な佐々木酒造の皆さんが案内してくださいます。

十数年前、蔵に入り込んで出産、子育てをしていた猫3匹も社員に含まれているのがシャレの利いた京都の商人魂。

現在猫社員たちはテレワーク中ですが、佐々木酒造のキャラクターとしてお酒のラベルや手ぬぐい、前掛けの小物にも展開されているので購入できます。

佐々木酒造のSNSでも広報担当社員として活躍中なので、ぜひチェックを‼

とにかく猫への愛をすごく感じます。

店内ではワンコインでガチャを購入すれば試飲ができるので、運が良ければ高額のお酒の味見も可能ですよ。

お酒好きはもちろん、お酒が飲めない人でも気軽に行きたくなる遊び心満載な佐々木酒造です。

佐々木蔵之介の実家、見学できます‼

佐々木蔵之介さんの実家、佐々木酒造では『京都洛中酒蔵ツーリズム』として酒蔵内部や仕込みの見学、お酒の試飲を実施されています。

旅行会社の企画ツアーから個人の見学まで対応されているので、興味のある方は是非行ってみてはいかがでしょうか。

あの大物俳優、佐々木蔵之介さんの実家に入れるのですよ‼‼‼

佐々木蔵之介さんのご両親は厳格な方だったらしく、とにかく商売中心の生活。

佐々木蔵之介さん兄弟(男3人で蔵之介さんは次男)は子どもの頃からお手伝いは必須でした。

酒瓶の栓をしたり、紐をくくったり。

成長するごとにできることが増えていき、佐々木蔵之介さんもお酒の仕込みもやってはったんかな?

佐々木蔵之介さんの若い頃の面影を想像しながら見学できるなんて、ファンにとっては夢のようなツアーになりそうですね。

酒蔵の周辺は戦国歴史の宝庫ですし。

お酒が飲めない私でも、ワクワクする旅になりそうです。

 

佐々木蔵之介、実家を飛び出した訳は⁈

今や国内だけでなく、海外の演劇での活躍も著しい佐々木蔵之介さん。

若い頃は農業大学で酒米やバイオテクノロジーの研究で卒論書いたり、広告代理店に就職してマーケティングの経験を積んでいました。

ただ、人前に出るのが大の苦手で、あがり症を克服する意味で入ったのが大学時代の演劇サークルでした。

いずれも、将来は佐々木酒造の跡継ぎになる事を前提にした佐々木蔵之介さんの人生設計でした。

ところが、就職して趣味で続けていた舞台を観た人から「東京に来ないか」と誘われて悩みに悩んで東京行きを決意。

実家の父親に「今の仕事をやめようと思う」と言ったところ、「そうかそうか、ようやくうちの酒蔵を継いでくれるのか」

「いや、役者になるため東京に行く」と発言した佐々木蔵之介さん。

「二度と俺の前に顔を見せるな」とお父さんから勘当されながらも、役者の道へ進むことを選んだのです。

佐々木蔵之介さんが家を出た後、すでに企業に就職していた三男が佐々木酒造に呼び寄せられ、現在の社長となります。

ちなみに佐々木蔵之介さんの兄、長男は「飲んでなくなってしまうものは嫌だ」と早々と建築の道に進まれていました。

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佐々木蔵之介、実家の販促を担う

佐々木蔵之介さんは数年間は実家に近づくことすらできなかったのですが、NHKの朝ドラ『オードリー』の出演をきっかけに父親と和解できたそうです。

『オードリー』という銘柄の期間限定のお酒を造ったり、店内にポスターを貼ってはお客さんに俳優佐々木蔵之介を自慢したり…。

明治から続く酒蔵の跡継ぎになってくれなかったことは、父にとっては耐え難かったでしょう。

でもテレビ画面を通して、父と息子はもっと大切な事に気づいたのではないでしょうか。

佐々木酒造がこれからの時代を生き抜く力を感じていたのかもしれないですね。

佐々木蔵之介さんはお父さんと二人でトラックのCMに出演していたこともあるし、バラエティー番組でも蔵之介さんは「実家が京都で酒蔵やってますねん」とかなりオープンに宣伝されていますよね。

ちなみに蔵之介という芸名を付けたのは実はお父さんなのです。

佐々木蔵之介さんが学生時代、活動していた劇団サークルの初舞台でチラシを作るのに「名前何にする」って仲間から電話がかかってきました。

何も思い浮かばない息子に隣にいた父から「蔵之介はどうだ?大石内蔵助の」と提案されたらしいです。

本名の佐々木秀明ではピンこないけれど、蔵之介ならイコールで酒蔵に結び付きますよね。

ただこの時は将来、酒蔵を継がせるつもりでの二度目の命名。

でも、このお父さんの名付けた佐々木蔵之介は今や国境を越えているのは確実ですし、佐々木酒造のお客さんに外国人の方が多いのも納得です。

2016年に佐々木酒造三代目のお父さんは亡くなられましたが、脈々と職人であり、京の商人であるその伝統は継承されています。

佐々木蔵之介さんの実家、佐々木酒造。

一度は行ってみたいですよね。

そして佐々木蔵之介さんの事をますます好きになりそうですね。

ちなみに佐々木蔵之介さんは犬派らしいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今後も映画のエンタメ情報をお届けしますので、良ければチェックしてくださいね。

 

佐々木蔵之介 若い頃は京美男⁈ 粋ではんなりだった? | 映画な時間 

 

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