野呂佳代さんはドラマだけでなく、映画界でもじわじわと出演が増えています。今夏から秋には『時には懺悔を』『ルックバック』『踊る大捜査線N.E.Wメトロポリスを駆け抜けろ』など注目作品にすべて出演の予定です。現在は実に輝かしい女優の立場ですが、20年前、野呂佳代さんが若い頃にAKB48に所属していたことを知らない方も多いはず。そこでAKB48時代を調べてみましたので、最後まで読んでくださいね。さすが、面白い逸話が盛り沢山ですよ。
野呂佳代の若い頃(akb時代)はかわいかった⁈
野呂佳代、若い頃にズルをして入ったAKB48
日本のアイドル文化を不動にしたAKB48ですが、初期メンバーに野呂佳代さんが入っていたのをご存じでしたか。
子供の頃から芸能界に憧れを持ちながら、社会人として働いていた22歳の頃「これが最後のチャンスかも知れない」と2006年『第二期AKB48追加メンバーオーディション』に応募します。
応募書類には年齢を2歳サバ読んで20歳としたり、少しでも痩せて見えるように写真は縦伸ばしに加工するなど、若さ故のズルをしてしまいます。
その後のオンライン面接も胸上しか映らないので何とかクリアして、最終選考に挑む野呂佳代さん。
面接会場に集まったのはすらりと手足が長く、スレンダーなの女の子ばかり。
ぽっちゃり体型の野呂佳代さんに、面接スタッフから明らかな疑いの目を持たれながらも、見事にAKB48のメンバーに合格します。
合格理由は秋元康さんの一言だったのです。
「この体型の女の子でも、痩せてきれいになっていく過程を見るのが楽しみだよ」
野呂佳代さんの一連の行動ですが、秋元康さんにすれば、若い子のかわいい嘘とでも思っていたのでしょう。
後に野呂佳代さんはこれをエピソードとして笑いに変えている。ネタですよねぇ。
この小ずるいところも人間的だし、見方次第で工夫している事にもなりますよ。
人が持つ嘘や裏の顔みたいなものを堂々とやってのける野呂佳代さんだから、今や女優としての引き出しになっているのは間違いないですね。
野呂佳代、若い頃(akb時代)の人気は…
2006年4月1日にAKB48劇場にて、チームK初日公演でデビューを果たす最年長の野呂佳代さん。
同期の大島優子さんや梅田彩佳さん、秋元才加さんなどと共にチームKの一員として、希望に胸膨らませて活動を始めます。
ところがステージのハイタッチ会で「あんたアイドルとしての自覚あんの?」とファンの一人から嫌味を言われたり、握手会でファンが2人しか並ばない時もあったという野呂佳代さん。
当時注目度の高ったAKB48の総選挙では、超人気の大島優子さんが一位を獲得するのを横目で見ながら野呂佳代さんは常に圏外でした。
それでもAKB48の1stシングル『会いたかった』の選抜メンバーには、ちゃっかり入れてもらえています。
AKB48はメンバー同士の切磋琢磨する機会は多いけれど、陰険な人間関係な無かったという野呂佳代さん。
プロデューサーの秋元康さん流エンターテイメントの育て方と思いますが、こうしなさいという指導ではなく、自分で考え行動する、そして個性を大切にする方針。
野呂佳代さんは独自のスタイルを生かして“ビヨンセ”風のダンスで表現をしていたようです。
AKB48でのアイドルとしての人気は低かったかもしれないですが、自分の立ち位置や役割を見通す力があったのが野呂佳代さんの強みではないでしょうか。
いつの間にかグループ内では「いじられお姉さんキャラ」の立場に徹し、三枚目の役を買って出る野呂佳代さん。
他のメンバー、仲間たちも安心して盛り上げてくれると野呂佳代さんを頼りにしていたに違いありません。
AKB48時代の野呂佳代さんは、他のメンバーにも引けを取らないくらいかわいい容姿でした。
ところが野呂佳代さんの性格は何事も、笑いに持っていきたい天性の素質でしょう。
ここから野呂佳代さんの本来の道が開けたのかも知れないですね。
野呂佳代、若い頃(akb時代)からお笑い担当へ
野呂佳代、若い頃はAKB48劇場で漫才の日々
デビューから1年ほど過ぎた頃、アイドルグループとして不動の地位にたったAKB48。
ところが秋元康さんから任命され、野呂佳代さんは同期の佐藤夏希さんと「なのちん」と芸名でお笑いコンビを組むことになります。
目指すは2007年の『M-1グランプリ』です。
AKB48劇場で歌って踊るアイドル活動ではなく、野呂佳代さんはひたすら漫才を披露する日々。
しかし、お笑いがそこまで簡単なはずもなく、「なのちん」は『M-1グランプリ』2回戦敗退という結果になります。
それでも翌年のM-1にも挑戦しているので、相当板の上での度胸と根性は付いたことでしょう。
野呂佳代さんは「お笑いをするためにアイドルになったんじゃない」と不貞腐れていると、AKB48の出番も益々少なくなっていきます。
テレビで活躍している同期や仲間たちの姿を真っすぐ見ることができず、孤独な黒歴史となっていきました。
2010年2月『チームK 5th Stage「逆上がり」』公演千秋楽で野呂佳代さんはAKB48を卒業。
お姉さんアイドルグループのSDN48へ完全移籍することになります。
野呂佳代、若い頃(akb時代)の経験で人生大逆転
AKB48からSDN48まで6年間アイドルとして活躍し続けた野呂佳代さん。
オーディションでズルをして入ったお仕置きみたいに、漫才をやらされたり、MCを担当したり…。
野呂佳代さんはアイドルとしての人気も、華々しい存在でもありませんでした。
でも、『AKB48のお笑い担当』という称号が、世間で認められる野呂佳代さんのキャラクターになっていったのではないでしょうか。
お笑いコンビに任命した秋元康さんは人を選別するセンサーが最上級過ぎて。
野呂佳代さんの愛らしい容姿から負けん気と親しみやすい性格、人を温かく巻き込む本質など、すべてお見通しだったように思います。
アイドル卒業後はバラエティー番組での活躍を経て、現在の「はずれなし女優」へと続いていくのですが、AKB48のお笑い担当が大いに役立っている事でしょう。
野呂佳代さんが普通のアイドルで終わらなかった事が、今の財産になっていることに間違いありませんよね。
若い頃の黒歴史があるからこそ、人間の裏側や哀しみにも気づくことができる人に成長していったのでしょうね。
これからも、野呂佳代さんがどんな役柄にキャスティングされるのか本当に楽しみになりました。
2026年10月からTBSドラマ『LOST10』(ロストテン)でサスペンスにも出演予定です。
ますます楽しみな野呂佳代さんを一緒に応援していきましょう。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

コメント