アラ還でありながら誠実さと色気が交差する佐々木蔵之介さん。その魅力はますます濃いめになってきました。この秋以降も映画では『踊る大捜査線N.E.W.メトロポリスを駆け抜けろ!』を始め、『本当にあった話(の話)』や『4アウト-もう一度、プレイボール-』に出演予定です。こんな超売れっ子俳優、佐々木蔵之介さんを育てた母、そして今は亡き父についての調べてみました。佐々木蔵之介さんの人生の分岐点にどのようにかかわったのか、興味深い話が盛りだくさんですよ。
佐々木蔵之介の母親は、みんなの女将さん
佐々木蔵之介の母親は山梨の田舎から京都へ嫁ぐ
佐々木蔵之介さんの実家は130年以上続く老舗の佐々木酒造。
佐々木蔵之介さんの父は22歳の若さから、3代目の社長として会社を切り盛りしていました。
そんな老舗の酒造会社に山梨から嫁いで来られたのが母の佐々木紀美江さんです。
一般人のため、詳しい情報はほとんどありませんが、時代背景から考えるとおそらくお見合い結婚ではないかと想像します。
結婚前に佐々木酒造の酒粕が送られてきて、「初めて作ったかす汁のおいしさに感動した」という紀美江さんの思い出話があるように、父親はじめ佐々木酒造の皆さんから嫁がれる日を心待ちにされていたのでしょう。
令和の時代では想像つかないことですが、昭和40年代に地方から京都の商家に嫁ぐとは相当覚悟が必要だったはず。
姑さんから教わる家風も代々伝わる年中行事も脈々と継承されてきたこと。
京都ならではの「本音と建前」やイケズ文化が息づいていた昭和の結婚。
想像以上にお嫁さんの佐々木紀美江さんは苦労が多かったのではないでしょうか。
しかも歴史ある酒蔵でお酒の仕込み時期には毎年、大勢の蔵人が手伝いにやってくるので気持ちも身体も休まる日がなかったと思います。
蔵人たちの賄いの中に【佐々木家秘伝のかす汁】が決まって振る舞われたらしいので、佐々木蔵之介さんの母親はお料理上手な女将さんとして、長年職人たちに慕われていたことでしょう。
この時期ばかりは佐々木蔵之介さん3兄弟の母親ではなく、職人みんなの女将さんで3代目社長を支え続けたと想像します。
佐々木蔵之介の母親は老舗酒蔵のために
歴史ある老舗酒蔵の暖簾を守るため、佐々木蔵之介さんのご両親はご商売中心の人生を歩んで来られたことでしょう。
特に母親は女将さんとして、若い頃から跡継ぎの期待を感じていたことと思います。
子ども3人、男の子ばかりに恵まれたので周りの人達にも喜ばれていたに違いありません。
ところが長男(佐々木蔵之介さんの兄)は「飲んでなくなってしまうものは嫌だ」と言って酒蔵を継ぐことなく、建築家を目指して東京大学へ進学。
次男の佐々木蔵之介さんは大学進学の際、進路が見つからずに母親に相談しています。
「稼業を継ぐという選択肢もあるよ」と母親に言われて農業大学へ進む佐々木蔵之介さん。
酒米の研究やバイオテクノロジーの勉強をしながら、将来は酒蔵を継ぐ方向を目指します。
その後、稼業のためにマーケティングの勉強になるであろうと広告代理店へ就職。
結局、大学の頃に始め社会人になっても続けていた趣味の演劇で身を立てるべく東京へ出て行ってしまいます。
※ここでのやり取りは父親の頁で詳しく説明しています
お父さんもショックだったと思いますが、お母さんもそれはそれは心配されたことでしょう。
佐々木蔵之介さんに跡継ぎを決して強要したくなかったから、稼業を継ぐ選択肢と促したのに何だか裏切られた気持ちですよね。
それに跡継ぎ問題とは別に、佐々木蔵之介さんが果たして役者として成功できるのか、この時点では母親として不安に思うのは当然ですよね。
この時父親は激怒して佐々木酒造は大騒動になりますが、きっと母親の紀美江さんが上手にお父さんの気持ちを治め、残りの切り札三男(佐々木蔵之介さんの弟)に佐々木酒造の将来を託したのではないでしょうか。
佐々木紀美江さんは母として女将さんとして、京女の気遣いを駆使しつつ縁の下で奔走されたと思います。

佐々木蔵之介の父親は厳格で昔気質、なのに…
佐々木蔵之介、父親に勘当されるも…
佐々木蔵之介さんの父親、佐々木勝也さんは佐々木酒造の3代目として若くから社長として奮闘されてきました。
結婚して恵まれた3人の男の子にも厳しく、礼儀正しく勤勉な子に育てられました。
厳しい父、成績の優秀な兄。
そんな家族関係の中、佐々木蔵之介さんはコンプレックスの塊だったそうです。
自分の嫌な部分を克服したくて始めたのが、大学の演劇サークル。
大学卒業後、社会人になっても演劇を趣味として続けていきますが、将来は稼業の酒蔵の跡継ぎになることを前提に…
佐々木蔵之介さんが社会人2年たった頃には、関西では役者としてファンが増えていきます。
そんな時に東京で舞台に出てみないかと誘われ、父親に事情を説明することに…
「今度、仕事辞めようかと思っている」
「そうか、ようやく酒蔵を継いでくれるのか」
「いや、東京へ行こうと思っている、役者になるために」
父親は激怒して
「二度と私の前に顔を見せるな…」
佐々木蔵之介さんは意を決して父親に伝えましたが、そら許してもらえるはずもない。
父からすれば、「22歳からこの暖簾を守り続けてきたのに、長男も次男も自分勝手な事ばかりしやがって」となりますよね。
すでに佐々木蔵之介さんの年齢は30歳。
本人にすれば、このチャンスが最後と思ったのも当然ですよね。
この一件から佐々木蔵之介さんは2年間、実家の敷居をまたぐことは許されなかったのです。
佐々木蔵之介の父親はオードリーにあやかって
佐々木蔵之介さんが全国的に名前が知れ渡ったのは、NHKの朝ドラ『オードリー』に出演してからです。
その時のスタッフが佐々木蔵之介さんの実家が酒蔵と知り、『オードリー』という銘柄の日本酒を販売してみないかと持ち掛けます。
絶縁していた父は実はドラマを観ていて、日本酒の販売の話しはすぐに前に進みました。
期間限定で販売された日本酒『オードリー』はドラマの人気にあやかって、爆発的に売れたようです。
店内にドラマのポスターを貼って「これ家のせがれですねん」と、お客さんと会話を弾ませるお父さん。
酒蔵の売り上げは伸びるわ、自慢の息子に昇格できるわで佐々木蔵之介さんはようやく父親と和解できることになりました。
そこはやはり血のつながった親子、わだかまりはスーッと消えたのでしょう。
父は息子の活躍を喜び、息子は実家に貢献できたことでようやく認められたと実感。
その後、佐々木蔵之介さんと父親は日野自動車のトラックのCMに出演するなどで、佐々木酒造の宣伝にもつながるアピールも展開します。
さすが、京都の商人根性をみせて頂きましたどす。
2016年佐々木勝也さんは胃がんのため83歳で亡くなられました。
佐々木蔵之介さん、一度は父を裏切った形で俳優になられましたが、『オードリー』のお陰でより父子の絆が深まり、そしてようやく親孝行できたと思います。
現在の佐々木蔵之介さんの活躍ぶりを観て、「やっぱり私の思てた通りや。次男の色男ぶりは役者にしとかなもったいないわ」と天国でお酒を飲みながら友達に自慢されていることでしょう。
佐々木蔵之介さんのお母さんとお父さんの深い愛情、いかかでしたか。
最後まで読んでくださいましてありがとうございました。
これからも、佐々木蔵之介さんの活躍に期待して、応援していきましょう。
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