「最近この人、よく見かけるなぁ」って、北村有起哉さんの存在がつい気になりますよね。映画『廃用身』でも物語のキーマンとして、その実力と癖のある演技力が注目されています。
二世俳優らしからぬ派手さのない北村有起哉さんと、父親で俳優の北村和夫さんを今回はご紹介していきます。
俳優として、人生の先輩として父、北村和夫さんの背中はどんな風に映っていたのでしょうか。
北村和夫さんの人生と北村有起哉さんの半生を振り返り、比較すると面白い答えが見えてきます。「親子なのにこんなにも違うものなの?!」 その真逆な生き方を比べるべく、最後まで是非読んでください。
北村有起哉の父、北村和夫は学生時代から優等生
それではまず、父親の北村和夫さんの人生を見ていきましょう。
北村有起哉さんの父親、北村和夫さんは1927年(昭和2年)3月11日東京都生まれです。
北村和夫さんの父は医師、祖父は秘密警察勤務と昭和の時代背景から考えても、堅実で実直な家庭環境というのを想像できます。
理工学の勉強に熱心に励む学生時代を送っていた頃、日本は終戦を迎えることとなります。
そして、北村和夫さんは日本大学理工学部を卒業してさらに、早稲田大学文学部芸術学科演劇専攻に進まれています。
そこで一緒だった小沢昭一や加藤武、今村昌平などとグループをつくって演劇活動にのめり込んでいった北村和夫さん。在学中にすでに文学座第二期生として入所されています。
この学歴を見ただけでもわかるように、北村和夫さんは何とも勉強好きな上に経済的にも恵まれた家庭だったから、長く学生時代を送れたことがわかります。と同時に、活動仲間の小沢昭一(のちに俳優、エッセイスト)、今村昌平(のちに映画監督、脚本家)たちと熱心に稽古し、熱く演劇について議論する姿が想像できますよね。
北村有起哉の父、北村和夫は俳優のエリート
大学時代に入所した文学座とも、一生涯深いつながりを持ちながら北村和夫さんは波乱万丈な役者人生を送ることになります。
ちなみに文学座出身の有名人をご紹介すると
杉村春子、黒柳徹子、松田優作、中村雅俊、宮本信子、田中裕子、長谷川博己、佐藤二朗、桃井かおり、寺島しのぶ、内藤聖陽など。
日本の演劇界を動かしてきた実力者ばかりですね。
初期の頃から文学座の看板女優として君臨していた杉村春子から、北村和夫さんは厳しく芸を叩き込まれてグングン頭角を現すことになります。
令和の世の中のようなコンプライアンスもなければ、自由な発言もできない。
上司や先輩の言うことは絶対服従の、戦後数年の時代に北村和夫さんは役者一本で生きて行こうとする信念に揺るぎはなかったのでしょうか。厳しさに耐え切れずに辞めて行った仲間もきっと多かったことでしょう。
医者の父、警察勤務の祖父とお堅い家庭だったので身内を説得するのも容易ではなかったと想像しますよね。
それでも、北村和夫さんはどんな小さな役にも真面目に全力で取り組んでこられと思います。昭和から平成の長きに渡って映画やドラマ、舞台など多くの作品に出演されています。
北村有起哉の父、北村和夫は昭和・平成の名優
文学座に在籍することで俳優としての基礎的な教育を受けつつ、1951年(昭和26)『崑崙山の人々』初舞台を踏むことになります。
そこから亡くなられるまで、ほぼ途切れる事もなく、俳優の仕事を怒涛のように続けていかれます。
活躍の場をすべて書ききれないので一部ですが、北村和夫さんの出演作品を紹介していきましょう。
北村有起哉の父の出演作品
映画では『天国と地獄』1963年『日本で一番長い日』1967年『セーラー服と機関銃』1981年『黒い雨』1989年『あげまん』1990年『極道の妻たち』1996年『Beauty 美しいもの』2008年での村長役が北村和夫さんの遺作となりましたが、映画だけでも71作品に出演。
ドラマでは『太閤記』1965年『翔ぶ如く』1990年『ザ・ガードマン』1965年『太陽にほえろ!』1974年『白い巨塔』1978年『ふぞろいの林檎たち』『おしん』1983年『ちゅらさん』2001年『Age,35恋しくて』1996年など、テレビドラマで92作品以上。
舞台では『オセロー』1983年『欲望という名の電車』1988年など芸術賞を受賞した作品を含む、12作品以上となります。
まさに、高度経済成長期に活躍された北村和夫さん。どこの家庭でも家族揃ってテレビを囲み、一つの番組一つのドラマを一緒に観ていた時代ですよね。
私も子供の頃から北村和夫さんをドラマでよく見かけたのを覚えています。ただメインになる役者さんでなく、会社の上司役だったり病院の先生役だったり、主人公のお父さんとか叔父さん役だったりとか・・・。
とにかく毎日どこかで姿は見るけれど、失礼ながら名前をあまり気にしたこともなく、テレビ画面に当たり前に登場する俳優さんだったという印象です。
でも、この私の一視聴者の意見こそ、北村和夫さんが昭和から平成の時代に活躍した名優と言われる理由であって、北村和夫さん自身が狙っていたポジションなのではないでしょうか。
やはり、理工学の勉強のできた人だから、ここまで計算できていたのかしら⁇
結局、今も昔も爆発的に人気の出る俳優さんって、残念ながら一時的な出演になりがちですよね。例えば「トレンディドラマ」の時代に踊らされて調子に乗りすぎた人(誰とは言えませんが)って今はほとんど通販番組とか「あの人は今」的に扱われていて気の毒に思います。
北村和夫さんの話に戻しますと、役者として充実した仕事を続けて来られましたが2007年(平成19年)5月6日肺炎のため亡くなられています。80歳でした。
北村有起哉は父、北村和夫の心配の種
それではいよいよ、北村有起哉さんについてご紹介していきましょう。
北村和夫さんの長男として、1974年(昭和49年)4月29日生まれの東京都出身です。
父親の北村和夫さんは先にも紹介したようにすでに、映画やドラマの仕事で日々忙しくされていた働き盛りの47歳になっておられました。
北村有起哉さんは東京都立富士高等学校在学中の文化祭で初めて舞台を経験し、俳優に興味を持ったようです。学生時代は友達との間で父、北村和夫さんが話題になることもなく、父の仕事にもほとんど知識がなかったと発言されています。
大学受験の失敗が、俳優を本気で志すきっかけとなり日本映画学校(父、北村和夫さんの親友、今村昌平監督が創設した専門学校)へ進学します。
しかし、北村有起哉さんはせっかく入学した映画学校を1年で止めてしまい、その後俳優養成所へ通ったり、ワークショップに参加して演劇の勉強を続けるようになります。並行してレンタルビデオ屋でアルバイトをして、無料で映画が観れることに喜びを感じていた時期もあったそうです。
父の北村和夫さんは放任主義な教育だったみたいですが、息子のこの中途半端な志しをきっと心配されていたことでしょう。昭和一桁の父から見たら、どこか頼りなくはっきりしない行動でも口出しせず、距離を取って見守っていたことに違いないと思います。
北村有起哉は縦横無尽、令和のバイプレイヤー
1998年に北村有起哉さんは舞台『春のめざめ』と映画『カンゾー先生』でデビューします。その後も一つの劇団や芸能プロダクションに所属せずに、一匹狼の俳優として渡り歩く道を選択します。
結局のところ、北村有起哉さんは飽きっぽい性格と枠にはまらず自由にいたいという気持ちが働くのか、他の人とは違うスタイルで俳優を続けていくことを目指して行かれます。
そうは言っても、映画『カンゾー先生』は今村昌平監督作品なので父、北村和夫さんの働きかけがあったに違いないと思います。北村有起哉さんもまだまだ若い頃だったので、それを認めたくなかったのかもしれませんね。
北村有起哉さんは24歳でデビューしてから今や、舞台や映画、ドラマなどひっきりなしに仕事のオファーを受けることになります。
特徴的なのは舞台の経験がずば抜けて多いことです。
一つの劇団に縛られずに、まだ無名な小さな劇団から、チケット即完売の日本を代表する有名な劇団までカラダ一つで渡り歩いていた時代が長かったようです。
現在のように映画やドラマに出演する以前は、舞台の仕事で役者として力を付けていくべく、野球でいうところの「1000本ノック」を受けていたわけですね。
そして監督や演出家に北村有起哉自身を売り込んで、次の仕事につなげていく。どこの劇団にも芸能事務所にも所属せずに、一匹狼で生きて行く姿は北村有起哉さんの俳優としての姿そのもので、ほんと素敵ですよね。
さあ、いよいよ映画やドラマと活躍の場を広げていくのですが、どんな小さな目立たない役でも「誰? この人?」と視聴者の気持ちに入り込む北村有起哉さん。「令和のバイプレーヤー」は1000本ノックのおかげで、ヤクザでも新聞記者でも優しいお父さんでも、ひと癖も二癖もある演技力が出てしまうんですね。
北村有起哉と父、北村和夫の比較表を作ってみました
あまりにも違う父と息子。よーく観察すると生き方、容姿、家庭での居場所も正反対に見えてきました。そこで、二人の違いを表にしてみました。
| 父・北村和夫 | 息子・北村有起哉 | |
| 学生時代 | 勉強好きの優等生 | 勉強苦手でも人気者 |
| デビューの所属 | 文学座 | どこにも所属せず |
| 下積み時代 | 杉村春子からの稽古付け | 多くの人から1000ノック |
| 容姿 | 大きな顔面の昭和の男 | 細く小さい令和顔 |
| 声・話し方 | 大きくはっきり、滑舌が良い | 小さくぼそぼそ、頼りない |
| 酒の付き合い | とことん付き合い午前様 | そこそこ付き合い途中退席 |
| 家族間の位置 | 大黒柱の絶対君主 | 妻と相談の平和主義 |
| 子育て参加 | 妻任せの放任主義 | 家族に気遣いのイクメン |
| 受賞歴 | 紫綬褒章、勲四等旭日小授章など | 朝日舞台芸術賞寺山修司賞など |
北村有起哉さんの私生活に少し触れると、女優の高野志穂と結婚して、現在二人の男の子のお父さんです。夫婦の会話を大切にし、二人で協力しながら子育てされているのが印象的です。
こうして表で比較してみると父と息子が本当に真逆なのがよくわかりますよね。
もちろん、「時代」という要因が大きい事は理解できますが北村和夫さんはずっと平坦なエリートコース。
北村有起哉さんは父が作った道でなく、でこぼこ道を選んで反対方向へと進んで行ったわけです。そして寄り道をしつつ、いろんな景色を見ながら歩みを止めなかったのですね。
北村有起哉と北村和夫の共通は職人気質
ただ、北村有起哉さんと父、北村和夫さんには共通点がありました。
映画やドラマ、舞台とも出演作品の多さは群を抜いているところです。
お二人とも、大きな仕事の大きな役というよりは、小さくても色んな役のオファーがやってきて、仕事を断わらないように思います。
きっといつ、どんな役の仕事がきても、即対応できるよう、期待以上の結果が出せるよう、普段から腕を磨かれているところではないでしょうか。
それでないと、あれだけの仕事量であのクオリティーの高さは決して出ないと思います。
そして、仕事の上でも周りの人への気配りが父、北村和夫さんから息子、北村有起哉さんへ受け継がれているのではないでしょうか。
余談ですが、比較表の受賞歴にあえて書きませんでしたが、2021年には『第一回北村有起哉映画祭・グランプリ』を受賞されています。
「ええっそれってなんの賞?!」って思われた方、当然です…
脚本家の宮藤官九郎が担当しているラジオ番組で「最近観る映画全部に、北村有起哉が出演している。いい映画には彼が必ず出ているし、出演数が異常に多い」的な事を発言。
そこから突発的に、たぶんクドカンのシャレでできた賞みたいです。
でも出演数だけでなく、その演技や人間性の魅力ももちろんリスペクトしての事だと思います。
令和の時代の中で縦横無尽に演じ続ける北村有起哉さん。
父、北村和夫さんとは違った意味のバイプレーヤーとして、私たちの期待を裏切らない名優で躍進を続けて欲しいです。
一緒に応援していきましょう。
そして、最後まで読んでいただきありがとうございます!

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