野呂佳代さんはドラマだけでなく、映画界でもじわじわと出演が増えています。今夏から秋には『時には懺悔を』『ルックバック』『踊る大捜査線N.E.Wメトロポリスを駆け抜けろ』などで演技力が注目されそうですね。そんな野呂佳代さんの地元について、或いは実家の稼業について調べてみましたので最後まで読んでくださいね。
野呂佳代の地元はどこ?
野呂佳代さんは1983(昭和58)年10月28日生まれの現在42歳です。
出身地は東京都板橋区西台です。
東京都内の中でも庶民的な地域で、両親と弟の4人家族で幼少期から20代までを過ごされています。
野呂佳代さんは板橋区立蓮根第二小学校に通っていたと思われます。
小学校時代から多くの習い事をしていたらしくピアノや習字、スイミング、そろばんと学校が終わってからも忙しいスケジュールの毎日。
野呂佳代さんは学校や習い事の行き帰りに蓮根地区の商店街もよく歩いた事でしょう。
板橋区の蓮根地区には【蓮根中央商店街】と【蓮根駅前通り商栄会】と【はすねロータス商店会】の3つの商店街があります。
野呂佳代さんは子どもの頃から、日常的に商店で働く地元の人達と気軽に挨拶したり、交流したりする機会が多かったことでしょう。
盆踊り大会や縁日、年末の感謝祭など蓮根地区の商店街はイベント盛りだくさん。
子ども達を中心に地元の住民の為に様々な行事で盛り上がっています。
野呂佳代さんが子どもだった1980~90年代なら、今よりもっと小中学生も多かったと思うので活気ある商店街ということが想像できますよね。
まだまだ行動範囲が狭い子ども時代でも、楽しい事や面白い人に出会いワクワクして過ごしていたのが野呂佳代さんにとって、地元の思い出ではないでしょうか。
野呂佳代と地元が同じ有名人は⁈
東京都の中でも板橋区はマイナーイメージなのか、有名人はあまり公言はしていないらしいです。
でも、こうして名前を並べてみるとスター性の高い人が多い気がします。
その中でも最も輝いているのやっぱり、野呂佳代さんでしょう。
稲垣吾郎(元SMAP)
峯岸みなみ(元AKB48)
永山瑛太
辻希美(元モーニング娘。)
渥美清
三原じゅん子
いっこく堂
中山美穂
山田邦子
鬼越トマホーク 金ちゃん
山下達郎
大江千里
野呂佳代の地元でドラマロケしてる‼
野呂佳代さんがドラマアカデミー賞で見事、助演女優賞を受賞したフジテレビの『銀河の一票』。
ドラマの中で野呂佳代さんの地元、板橋区が度々登場しているのをご存知でしょうか。
蓮根歩道橋を初め、蓮根2丁目の「けやき不動産」、高島平8丁目周辺、赤塚2丁目の青果店「八百龍」、舟渡4丁目の舟渡大橋の下などなど…
人気のドラマだったのでもう既に、聖地巡礼で板橋区が観光化されているかも知れないですね。
何せ、「明るい方へ」みんな行きたいものね。
月岡あかり、いや野呂佳代さんの明るさと元気をもらいに、野呂佳代さんの地元板橋区に私もいつか行ってみたいです。
野呂佳代の実家は美容室⁈
野呂佳代さんは中学校も地元、板橋区立志村第三中学校に通っています。
同じ中学校の1学年先輩に永山瑛太さんが在校していました。
同じ公立の学校内に「令和の映画界を支える役者が二人もいたなんて‼」
学生服に身を包む姿にオーラみたいなものもあったのでしょうか。
その後、野呂佳代さんは私立の女子高へ進学しますが、残念ながら学校名は非公表となっています。
高校2年生の頃に芸能事務所【ムーン・ザ・チャイルド】に入ることができ、幼少期から憧れだった芸能界デビューとなります。
ところが高校卒業後の進路が決まらず、父親から「手に職を付けておいた方が良い」というアドバイスの元、野呂佳代さんは美容師の学校に通った時期があるそうです。
というのも野呂佳代さんの父親は埼玉県の病院内で美容室を経営されていました。
野呂佳代さんが学生の頃すでに病院内で美容師をされていたのか、あるいは地元板橋でお店を持たれていたのかは不明です。
いずれにしても、野呂佳代さん自身学校に通いながら見習いとして、父のお店を手伝っていた経験もあることでしょう。
腕利きという噂の父の背中を見て、常連さんとのやり取りを肌で感じながら・・・。
「実家の稼業を継いでも良いかな」という気持ちで専門学校に行ったものの、やはり芸能界への夢を捨てきれずに半年で美容師の道はあきらめたのです。
野呂佳代、母の実家が喫茶店
野呂佳代さんの母親の祖父母はかつて、東京都豊島区JR大塚駅近くで喫茶店を経営されていました。
今の時代なら若者が喜んで行きそうな、レンガ造りの昭和レトロの雰囲気の小さな喫茶店。
テーブル2つとカウンターだけでも、常連客でにぎわっていたのでしょう。
祖父母を手伝う母に連れられて、週末はほとんど喫茶店に行ったと言う。
おじいちゃんが厨房で作り、おばあちゃんがホールを担当。
アットホームな状況の中で、常連さんと交わす他愛のない会話は競馬で勝った負けたであったり、小さなテレビで一緒に相撲を観て盛り上がったり・・・。
お店の近所にダチョウ俱楽部の寺門ジモンさん(現在事務所の先輩)が住んでいたので度々見かけたそうです。
「毎回毎回違う女の人と歩いている」と野呂佳代さんは幼少の頃からジモンさんに親しみを感じていた訳ですね。
子どもの頃から大好きだったこの喫茶店は野呂佳代さんが高校生の頃、立ち退きの為に残念なことに閉店してしまいました。
野呂佳代は地元愛と商売人DNAの賜物
野呂佳代さんの親しみやすさや情の深いところはどこからきているのかと、いつも感じるところがありました。
今回の野呂佳代さんの地元と商売人家系を調査したことで納得する事ばかりでした。
物心ついた時から、物おじせず気軽に話せる近隣の人々がたくさんいたり、大人たちがたわいもない話で心を許しあっているのが日常だったり。
野呂佳代さんが大ブレークしたドラマ『銀河の一票』の月岡あかりのようにスナックのママの説得力や『ザ・トラベルナース』での看護師の存在感などすべて、野呂佳代さんが幼少の頃から目の前に映し出される普通の人から引き出されたものだった事を。
現在活躍中の多くの役者たちは幼少期から子役として養成されている中で、野呂佳代さんはフィクションでなく実社会の日常が演技のメソッドだったということですね。
だから、どんな役にもすぅーっと入れる感性は、誰にも真似できないのしょう。
また一つ、野呂佳代さんの謎が解けたような気がします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今後も、一緒に野呂佳代さんを応援していきましょう。

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